スウェーデンでお披露目パーティー

                    
日本での結婚式と披露宴を無事終えたので、今度はスウェーデンの親戚達の為にお披露目
パーティーをする事にしました。
まず考えたのは「どこでやろうか?」。レストラン?はたまた野外でケータリングを使う?
野外ケータリング計画はイヤミルママの「雨が降るとちょっとねェ」発言と、あと案外高く
つくことが判明したのであえなく消えました。そして日本から両親、親戚グループが出席する
事にもなっていたのでストックホルムの景色を見ながら食事が出来、雨が降っても大丈夫な
「船上パーティー」はどうか!?と言う事になったのです。早速Strömma Kanal Bolagetに
電話をしてボートを見せてもらう事に。こじんまりしたボートからかなり大きいボートまで
何艘か選択肢があった中から私達が選んだのは中くらいの大きさのWaxholm V号。内装は
しっとり落ち着いた雰囲気でなかなかいい感じ。食事のメニューを決める際には再びイヤミル
ママ登場!メインを肉にするか、魚にするかで悩んでいた時「肉はあたりはずれが大きいけど
魚なら大抵美味しいから魚にしたら?」と提案してくれサーモンをメインディッシュにする事
に決定!次に問題になったのは船の航路についてでした。当初、自宅近くの桟橋から船に乗り
ストックホルム市役所でいったん下りて写真を撮ったり・・・と考えていたのですが、途中
船が通れない低い橋がある+Tivoliの花火が上がるので市役所方向へはちょうどパーティー
の時間頃、通行止めになって行けないなど問題噴出。結局Nybrokajenから乗り込む事にして
市役所方面へは行かないことにしました。ちょっと残念、と思っていたのですが後にコース
を変えて良かったと思わせる出来事があったのです・・・。
招待状はクリーム色の紙に金の縁取りがしてあるカードを業者に注文し返信用のカードと封筒
と共に入れて親戚、友人一同に送ったのですが、ここで私は日本との文化の違いを痛感しました。
返事が返ってこないのです。前回日本での披露宴への招待状には返信用封筒に切手まで貼って
あげたのに返答しない人達が数名いてかなりショックを受けたのに今回は、そうだなあ、3分の
2はカードでは返信してくれませんでした。電話でイヤミルママに「行くから」と伝言したり
私達に直接言うだけだったり、メールを送って来たり。日本だったら絶対送られてきたカードで
返事をするよね?!ところがスウェーデンではそうではないのです。つまり返信カードは入れる
だけ金の無駄使いなのです。切手を貼るなんてまさしくもっての外!!と、まあ怒り心頭だった
のですが当日は皆さん喜んで出席してくれて楽しんでくれた様なので、悪気は毛頭ないのねと
文化の違いと言う事でもう深く考えない事にしました。
服装については日本で白無垢、色打ちかけ、ドレスと「王道」を十分楽しんだし今回は船の中で
歩き回る事が予想されたのでイヤミルはグレーのスーツ、私は日本で買ったクリーム色のくるぶし
よりちょっと上ぐらいの長さのノースリーブワンピースに同じ素材のショールという動きやすい
格好にしました。ただ私の髪型についてはちょいとこだわってSvinrygg(日本語でなんと言うか
わからないです)にしました。
日本でもろ日本式!の式&披露宴をしたのでスウェーデンではスウェーデン式にパーティーを
しようと決めていた私達。スウェーデン式となると外せないのがBröllopsvalsです。そう、
ワルツ・・・。いや〜訓練しましたよ!友人に一人ダンスが出来る子がいたので一から教えて
もらいました。その友人には当日ワルツの伴奏もバイオリンでして貰いました。それから座る
場所もスウェーデン式に、と言う事で夫婦やサンボは離れて座ってもらう事に。日本人とス人
がバランス良く同じテーブルにつくよう、なおかつ各テーブルにつき、一人は多少英語が出来る
日本人を座らせる為にあれやこれやと考慮した為、決定するまで時間が結構かかりました。
どこに誰が座るかは当日ス人、日本人が協力して探せる様お皿の上にローマ字と日本語で名前
を書いた紙を置きました。
さて、いよいよ当日(2001年8月17日)続々と集まる出席者をデッキにて出迎えて
シャンパンで乾杯をしました。天気も上々です!!しばらく外で景色を見ながらのお喋りを楽し
んでから船内に移動、間もなく食事が始まり、そして頃合を見計らってワルツを披露致しました。
いやあ〜恥ずかしかったです〜!!上手くいったかは出席者のみぞ知る・・・・。
その後は日ス交流のお時間となり習字のパフォーマンスやお互いの国の歌を歌いあったり、
盆踊りをしたり(!)しました。食後のデザートも食べ終えそろそろパーティーも終わりに
近づいてきた頃、イヤミルが「皆!デッキに出て来て!」と言いました。船も停泊して、皆
なんだナンダと外に出てきた数分後、暗い夜空に次々と上がる花火を私達は言葉も無く見上げて
いました。そう、先にも書いたTivoliの花火です。変更後の航路は花火を見るには最高の
場所だったのです!後に笑い話として残ったのは私の親戚のおじさん夫婦。冗談で「あの花火
は私達が買ったのですよ」と言ったらそれを真に受けてその後本当の事を言っても信じず、
私の母にしきりに「かよこ達もあんなに沢山花火を買って大変だったわねェ」と言っていたそう
な。そんな訳で私達の結婚お披露目パーティーはこうして無事終わりました。

 

写真はただ今準備中です。もうしばらくお待ちを!
お話は1年遅れのハネムーンへと続きます・・・。

 

 

                   目次へ